46歳からのバイオリン練習日記 のんびり楽しく。バイオリンレッスン開始から日です。

昼休み徒然

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マイミクさんが、先生から音程の悪さを指摘されて「わかっていつつもショック」と書かれていたのを読んで、つい、

> わかっていることを人から言われてショック受けたってことは、それ、本当はわかってなかったってことです。。。と僕は思うようにしています。

とコメントしてしまいました。こういうこと書くから嫌われるんだよな。

僕は、自分について「わかっている」というのは、その自分を自分で受け入れている状態と思っています。なので、わかっていることを他人から指摘されてショックを受けた場合には、この自分はまだ自分で受け入れていないんだなぁと思うようにしています。

ちなみに、よく言われる「わかっていても何もしないのわかってないのと同じ」というのとは少し違います。何もしないことを自分の意志で選択しているのであれば、それは、わかってないのと同じではないと思うのです。
わかっている、とは、そのことに対して自分でなんらかの選択を済ませている状態、と言えるかもしれません。

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とはいうものの、今の自分の演奏レベルを自分で受け入れるっていうのは、けっこうな抵抗感があるのも確かです。

僕には自分の演奏をそのまま受け入れられるような強い意思がないので、代わりに、発表会の演奏をブログやSNSで公開することを自分に義務付けています。そこまでやらないと自分を受け入れる抵抗感を超えられません。

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一昨年あたり、難しい曲への挑戦について「無謀」という言葉を繰り返していました。
昨年、7年目スタートの時に、難しい曲への挑戦について、
> 少なくともレッスンしていただいてる曲を無謀と言うのはやめよう。。。
と決めました。
以来、その場での手っ取り早い説明の都合で使ったことはありますが、レッスン曲でもそうでない曲でも基本的に練習している曲を「無謀」とはすっかり言わなくなりました。

同じように、自己紹介で使ってきた「私は初級者なので云々」というのも、できるだけ言わないようにしてきました。同じ初級者同士なら言わずもがなですし、中級・上級の方なら、僕の音を聴いてどのくらい弾けるのかすぐにわかるわけですし。

こうした言葉は、はじめは事実を語っているつもりでも、強い意思がないと、だんだん自分への言い訳になっていくような気がします。
自分に言い訳してるなーと気づいたら、その言葉を使わないようにしていかないと、自分を受け入れる抵抗感が高くなるばかりのように思います。

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今の自分を自分が受け入れているかどうかは、人前で弾くときにどれだけ緊張するかでもわかります。
ちょうど、別のマイミクさんが、その方の先生のお言葉として

> 上手に弾こうとするから緊張するんです。
> 下手に弾こうと思ったら、そこには緊張する理由が存在しなくなります。

と書かれてました。
ここで、下手=受け入れている自分のまま、と置き換えると、ぴったりです。

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少しずつ変わっていく自分を受け入れ続けることができたら、ずっと楽しく弾き続けられるなぁと思います。


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このページは、SLANが2016年8月 2日 12:56に書いた記事です。

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